2019年3月19日に、環境省から「TCFDを活用した経営戦略のススメ~気候関連リスク・機会を織り込むシナリオ分析実践ガイド~」が発表されました。このガイドは、TCFDの提言に沿って自社にとっての気候変動リスクと機会を分析し、自社の経営戦略に反映する取り組みの実践を支援するために環境省が行った「TCFDに沿った気候リスク・機会のシナリオ分析実施事業」の実践事例等をまとめたものです。今回のESG Topicsでは、今回発表された「TCFDを活用した経営戦略のススメ~気候関連リスク・機会を織り込むシナリオ分析実践ガイド~」(以下、「実践ガイド」)の概要をご紹介します。

実践ガイドの構成

実践ガイドは以下のような構成になっています。
1.TCFDとは
1-1.TCFDの概要
1-2.TCFD提言の求めているものとシナリオ分析の意義
2.シナリオ分析実践事例
① 伊藤忠商事株式会社
② 株式会社商船三井
③ 日本航空株式会社
④ 三菱自動車工業株式会社
⑤ 住友林業株式会社
⑥ 東急不動産ホールディングス株式会社
3.シナリオ分析の開示事例
4.各セクターのリスク重要度参考資料集
①エネルギーセクター
②運輸セクター(開運、空運、自動車)
③建設/林業セクター

「TCFDに沿った気候リスク・機会のシナリオ分析実施事業」とは

 実践ガイドに記載されている事例は、環境省が2018年度に実施した「TCFDに沿った気候リスク・機会のシナリオ分析実施事業」に採択された企業のシナリオ分析実施事例です。この事業は、TCFD提言を踏まえ、パリ協定で定められた2度目標に沿った経営や事業活動を目指す企業に対して、具体的なリスクと機会の特定およびシナリオ分析を行うことをモデル的に支援し、成功事例や課題を多くの企業に共有する事業です。共有した事例を参考に、より多くの企業がTCFDの報告書に沿ったシナリオ分析を実施できるようにするために実施されました。本事業では、気候変動の影響を受けやすいとされる業種の企業を対象に募集が行われ6社が選定されました。2018年6月~7月に行われた募集に対して23社からの応募があり、6社が採択され環境省からシナリオ分析の実施支援を受けました。 支援内容は、採択企業合同説明会(1回)、シナリオプランニングの支援面談(5回)、社内合同説明会(1回)となっています。面談の内容は以下の通りです。

・TCFD、シナリオ分析に関する質疑応答
・現状の事業戦略に関するヒアリング
・リスク・機会に関する情報提供
・リスク・機会の重要度決定に向けたディスカッション
・シナリオに関する情報提供
・現状の事業戦略に関するヒアリング
・リスク・機会に関する情報提供
・シナリオ決定に向けたディスカッション
・シナリオとリスク・機会との対応関係についてのディスカッション
・シナリオ分析結果についてのディスカッション
・検討体制構築についての情報提供
・シナリオ分析結果についてのディスカッション
・検討体制についてのディスカッション

 環境省は、政策的に普及させたい先進的な取り組み(例えば、サプライチェーン全体のGHG排出量算定など)について、過去にも無料で取組支援を行っています。これらの支援業務は、コンサルティング会社に依頼するとかなりの費用がかかるのですが、無料で実施できることは非常に大きなメリットだと思います。一方、採択されるのがなかなか難しいこと、コンサルティング会社による有料の支援と比較して、その企業に特化した細やかな支援は受けられないといったデメリットがあります。しかし、こういった支援が無料で受けられるのは大きなメリットですので、今年度の募集があった場合は、ぜひ応募してみてはいかがでしょうか。自社に特化したより詳細で専門的な支援が必要な企業様には、当協会でも「気候関連シナリオ分析実施支援」を行っていますので、よろしければご活用ください。

シナリオ分析実施支援(ここをクリック)

実践ガイドの内容

 実践ガイドでは、「第1章 TCFDとは」でTCFDの概要、TCFD提言の求めているものとシナリオ分析の意義が紹介されています。具体的には、TCFD設立の背景、TCFDの位置付け、気候変動と企業経営の関係性、TCFDへの賛同状況、TCFDが目指す姿と各国の動向、TCFD提言における気候関連リスクの例、気候関連機会の例、TCFDの要求項目の説明、シナリオ分析の意義が紹介されています。TCFDの概要がよくまとまっていますので、概要を知りたい方には参考になる内容かと思います。

 「第2章 シナリオ分析実践事例」では、環境省の支援を受けた6社の具体的なシナリオ分析実施事例が紹介されています。ここからは、その内容の一部を紹介します。

伊藤忠商事 

 伊藤忠商事株式会社は、今回の環境省の支援で、電力プロジェクト部における気候変動に関連したリスクと機会の特定とシナリオ分析を実施しました。確実性の高い気候変動について、2つのシナリオを用いて2040年の社会を考察し、それぞれのシナリオにおける事業への影響を評価しています。

商船三井

 商船三井株式会社は、産業革命以前と比較した2030年の気温上昇が2℃と4℃の2つのシナリオで自社の事業への影響を分析しています。4℃上昇の世界では現在の延長線上で事業を拡大しますが、2℃上昇の世界では、化石燃料の輸送量が減少し、排出量取引や炭素税の負担が増大すると予測しています。

日本航空

 日本航空株式会社は、産業革命以前と比較した2030年の気温上昇が2℃と4℃の2つのシナリオで自社の事業への影響を分析しています。2℃上昇の世界では、代替燃料の普及とモーダルシフトの影響でサプライチェーンやビジネスモデルの見直しが必要となる可能性があると予測しています。

三菱自動車

 三菱自動車株式会社は、産業革命以前と比較した2030年の気温上昇が2℃と4℃の2つのシナリオで自社の事業への影響を分析しています。4℃上昇の世界では電動車両の普及が進んでいないと仮定し、2℃上昇の世界では、再/省エネや電動車普及が堅調に進んでいると予測しています。

住友林業

  住友林業株式会社は、産業革命以前と比較した2030年の気温上昇が2℃と4℃の2つのシナリオで自社の事業への影響を分析しています。4℃上昇の世界では温暖化による火災・虫害の増加によりサプライチェーンが変化すると予測し、2℃上昇の世界では、森林規制が強化され影響を受け、同時に火災も増加すると予測しています。

東急不動産

 東急不動産ホールディングス株式会社は、問開発事業は2030年を、リゾート事業は2050年をターゲットとして、2℃シナリオと4℃シナリオの2つのシナリオ(シナリオの詳細は不明)で自社の事業への影響を分析しています。4℃シナリオでは自然災害が激甚化し、低炭素化と再エネ導入の普及が進まないと予測し、2℃シナリオでは、4℃シナリオよりは自然災害の激甚化が軽減され、ZEB(ゼロ・エミッション・ビルディング)と再エネ導入の普及が進むと予測しています。

その他の企業の開示事例

 本実践ガイドでは、環境省が実施した支援事業の事例の他にも、世界各国のシナリオ分析について開示している企業の事例が紹介されています。 紹介されているのは、ロイヤル・ダッチ・シェル(オランダ・イギリス)、国際石油開発帝石(日本)、三菱商事(日本)、BHP(オーストラリア)、グレンコア(スイス)、ジェットブルー(アメリカ)、Aurizon(オーストラリア)、トヨタ自動車(日本)、ユニリーバ(イギリス)です。いずれの企業も、気候変動のシナリオ分析については世界の最先端を行っている企業ですので、シナリオ分析実施の参考になると思います。ぜひ参考にしてみてください。

最後に

 TCFD提言にもとづく気候関連のシナリオ分析は、特に日本においては実施事例が少なく、どの企業も手探り状態だと思います。今後、気候変動の影響がさらに深刻化した場合、企業経営に対する影響は確実に大きくなるため、そのリスクと機会を的確に把握することは重要になってきます。気候変動のような不確実性が高く、影響が長期にわたる事象の影響を分析するためにはシナリオ分析が非常に有効ですので、本ガイドを参考に、自社のシナリオ分析の実施を検討してみてはいかがでしょうか。
 なお、当協会でも「気候関連シナリオ分析実施支援」を行っています。リスクシミュレーション分析のスペシャリストが、ご要望に応じて、簡易的なシナリオ分析から本格的で定量的なシナリオ分析までご支援しておりますので、よろしければご活用ください。
 なお、当協会でも「気候関連シナリオ分析実施支援」を行っています。リスクシミュレーション分析のスペシャリストが、ご要望に応じて、簡易的なシナリオ分析から本格的で定量的なシナリオ分析までご支援しておりますので、よろしければご活用ください。

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