日本政府、2050年に向けた気候変動対策の長期戦略案を公表

 2019年4月23日、日本政府は「パリ協定に基づく成長戦略としての長期戦略(仮称)(案)」(以下、長期戦略案)を発表しました。気候変動対策に関する国際条約であるパリ協定では、参加国は2050年といった長期のスパンでの国内の気候変動対策の「長期戦略」を2020年までに提出することが求められています。日本は2030年を目標年度とする中期目標を策定し国連に提出していますが、2050年をターゲットとする正式な長期目標は提出していませんでした。そのため、政府内で気候変動に関する長期戦略が検討され、この度、長期戦略案が発表されました。

 ここで長期戦略案の策定の流れについて説明します。2016年に開催されたG7伊勢志摩サミットの首脳宣言の中で、安倍首相は、気候変動の長期戦略を「2020年の期限に十分先立って」提出することを、他国の首脳と共同で宣言しました。これをうけ、今年6月28日、29日に開催されるG20大阪サミットの前に日本としての長期戦略を発表するために政府中で検討をしてきました。

 G7での共同宣言を受けて、2018年6月15日に閣議決定された「未来投資戦略2018」において、「成長戦略として、パリ協定に基づく、温室効果ガスの低排出型の経済・社会の発展のための長期戦略を策定すること」とされました。この長期戦略の基本的な考え方を議論するために「パリ協定長期成長戦略懇談会」という有識者会議が設置されました。2018年8月から2019年4月にかけて5回の会合が開催され、長期戦略の基本的な考え方が検討され、懇談会としての提言の作成が進めていました。2019年4月2日に「パリ協定に基づく成長戦略としての長期戦略策定に向けた懇談会提言」を発表し、その提言内容をうけて4月23日に発表されたのが、日本政府としての長期戦略案です。

 長期戦略案では、我が国の長期的なビジョンとして、『我が国は、最終到達点として「脱炭素社会」を掲げ、それを野心的に今世紀後半のできるだけ早期に実現していくことを目指す。それに向けて、2050年までに80%の温室効果ガスの排出削減という長期的目標を掲げており、その実現に向けて、大胆に施策に取り組む。』としています。「2050年までに80%削減」という目標は、2016年5月13日に閣議決定された地球温暖化対策計画の「全ての主要国が参加する公平かつ実効性ある国際的枠組みの下、主要排出国がその能力に応じた排出削減に取り組むよう国際社会を主導し、地球温暖化対策と経済成長を両立させながら、長期的目標として2050年までに80%の温室効果ガス排出削減を目指す」という目標を踏襲したものになっています。長期戦略案を読むことで、日本国としての目指す方向性、排出削減の程度や進め方、重点施策が理解てきます。国として国際社会にコミットする長期戦略は非常に重要な政策ですので、民間企業が今後の方向性や戦略を考える際の参考になると思います。なお、5月16日まで長期戦略案に対するご意見(パブリックコメント)を募集しています。関心のある方は是非、ご意見を寄せてください。

【リンク】パリ協定に基づく成長戦略としての長期戦略策定に向けた懇談会提言(2019年4月2日)

【リンク】協定に基づく成長戦略としての長期戦略(仮称)(案)(2019年4月23日)

【リンク】パリ協定長期成長戦略案のポイント

【リンク】「パリ協定に基づく成長戦略としての長期戦略(仮称)(案)」に対する意見の募集について

長期戦略案の目次

はじめに:気候変動と経済・社会を巡る最近の状況
(1)気候変動を巡る状況
(2)国際社会の動向
(3)金融等ビジネスにおける情勢の変化
(4)持続可能な開発目標(SDGs)の採択

第1章:基本的考え方
1.本戦略の策定の趣旨・目的
2.我が国の長期的なビジョン
3.長期的なビジョンに向けた政策の基本的考え方
(1)環境と成長の好循環の実現
(2)迅速な取組
(3)世界への貢献
4.将来に希望の持てる明るい社会に向けて

第2章:各部門の長期的なビジョンとそれに向けた対策・施策の方向性
第1節:排出削減対策・施策
1.エネルギー
(1)現状認識
(2)目指すべきビジョン
(3)ビジョンに向けた対策・施策の方向性
2.産業
(1)現状認識
(2)目指すべきビジョン
(3)ビジョンに向けた対策・施策の方向性
3.運輸
(1)現状認識
(2)目指すべきビジョン
(3)ビジョンに向けた対策・施策の方向性
4.地域・くらし
(1)現状認識
(2)目指すべきビジョン
(3)ビジョンに向けた対策・対策の方向性
第2節:吸収源対策
(1)現状認識
(2)目指すべきビジョン
(3)ビジョンに向けた対策・施策の方向性

第3章:重点的に取り組む横断的施策
第1節:イノベーションの推進
Ⅰ.技術のイノベーション
1.現状認識
(1)国内の動向
(2)国際的な動向
2.施策の方向性
(1)施策の基本的な方向性
(2)科学的知見の充実
(3)技術開発における横断的な取組-革新的環境イノベーション戦略-
Ⅱ.経済社会システムのイノベーション
Ⅲ.ライフスタイルのイノベーション
第2節:グリーン・ファイナンスの推進
1.現状認識
(1)国際的な動向
(2)国内の動向
2.施策の方向性
(1)施策の基本的な方向性
(2)TCFD等による開示や対話を通じた資金循環の構築
(3)ESG金融の拡大に向けた取組の促進
(4)研究開発投資の促進やベンチャー企業への支援(再掲)
(5)脱炭素化プロジェクトの投資を通じた形成支援
第3節:ビジネス主導の国際展開、国際協力
1.現状認識
(1)優れた環境技術・製品等の国際展開
(2)民間を含む多様な主体の取組の拡大
(3)温室効果ガス排出削減の基盤となる政策・制度構築
(4)公的資金の活用を含む民間資金による気候変動対策への投資
2.施策の方向性
(1)施策の基本的な方向性
(2)政策・制度構築や国際ルールづくりと連動した脱炭素技術の国際展開
(3)CO2排出削減に貢献するエネルギーインフラの国際展開
(4)CO2排出削減に貢献する都市・交通インフラの国際展開
(5)公的資金の効果的な活用と民間資金の動員拡大
(6)地球規模の脱炭素社会に向けた基盤づくり

第4章:その他の部門横断的な施策の方向性
(1)人材育成
(2)気候変動適応によるレジリエントな社会づくりとの一体的な推進
(3)公正な移行
(4)政府の率先的取組
(5)カーボンプライシング

第5章:長期戦略のレビューと実践

長期戦略案に対する主な団体のコメント、提言

 最後に、今回発表された長期戦略案に対する主な環境団体のコメントや日本の長期戦略に関する経済団体の提言を紹介します。気候変動の長期戦略についてどのような立場をとっているかがわかると思いますので、関心のある方はご覧ください。

国際環境 NGO FoE Japan

【リンク】【声明】Climate Justiceを実現する気候変動長期戦略を

【主なポイント】

1. 1.5℃目標実現には「2050年に排出実質ゼロ」が不可欠。
2. 省エネルギーを大きく進めた上で、少なくとも電力分野においては、持続可能な形での再生可能エネルギー100%化が必要である。
3. 原発を低炭素電源とすべきではない。脱原発の明記を。
4. CCS/CCU(炭素回収・貯留/利用)等は気候変動対策として位置づけるべきでない。
5. 地元の状況に沿わないインフラ輸出はすべきでない。海外での支援事業は、持続可能で人権に配慮した形で進めなければならない。
6. 消費のあり方やライフスタイルを含め、抜本的なシステム・チェンジが必要である。エネルギー・資源自立型の地域づくりが標準となる社会に向けて方向転換を。
7. 1.5℃目標を実現する長期戦略のために、エネルギー基本計画・エネルギーミックスの見直しは不可避である。

WWF

【リンク】温暖化対策の長期戦略についての政府案が発表。WWF提言を読んで意見を出そう!

【主なポイント】

  • IPCC1.5℃報告書を踏まえた長期目標の設定
  • 「主力電源化」を体現する再生可能エネルギー目標の強化
  • エネルギー効率改善目標の強化
  • 国内石炭火力のフェーズアウト
  • 海外石炭火発の公的支援の停止
  • 原発の段階的廃止
  • 国内削減と海外貢献を分別した目標設定および2030年目標の強化
  • カーボン・プライシングの導入
  • 技術偏重の、先送りのためのイノベーションからの脱却
  • 脱炭素ビジネスを促進するための金融環境整備

気候ネットワーク

【リンク】「脱石炭」を求めて、石炭推進を続ける日本へ意見を出そう!~5月16日〆切!パブコメ中「長期低炭素排出発展戦略」案~

【主なポイント】

  • 国内で計画中・建設中の石炭火力発電事業はすべて中止するべき
  • 2030年までに国内の石炭火力発電所を全廃することを決定するべき
  • 海外への石炭火力発電所への公的支援を中止し、計画中・建設中の事業を中止するべき

一般社団法人 日本経済団体連合会(日本経団連)

【リンク】パリ協定に基づくわが国の長期成長戦略に関する提言(2019年3月19日)

【リンク】提言の概要

【リンク】提言本文

はじめに
1.長期大幅削減(脱炭素化)の鍵となる民主導のイノベーションを促す
2.S+3Eを高い次元で確保したエネルギー転換を実現する
3.グローバル・バリューチェーン(GVC)を通じた地球規模の削減に挑む
4.企業・団体の主体的な取り組みをエンカレッジする
5.「ビジョン」「ゴール」に向けた複線シナリオの下、さらなる高みを目指す
(1)「ターゲット」としての中期目標、「ビジョン」「ゴール」としての長期目標
(2)わが国が掲げる長期目標のあり方
おわりに

公益社団法人 経済同友会

【リンク】パリ協定長期戦略策定にむけて―2030年目標の確実な達成と2050年の展望―

  1. 長期戦略策定にあたっての基本的考え方
    1. 将来に対する危機感の提示
      1. 科学的知見が示す地球の持続可能性の危機
      2. 「脱石炭」・「脱化石燃料」の流れ
      3. デジタル化がもたらす新産業革命の波
    2. 「正味ゼロ(net zero)」に向けて重視すべき視点
      1. 「生産段階」から「ライフサイクル全体」での排出削減へ
      2. 「大規模・集中型」から「自立・分散型」を拡大させたハイブリットシステムへ
      3. 「国内」から「世界全体」での排出削減へ
    3. 2050年に向けて目指す姿(ビジョン)
      1. ゼロエミッション化の推進
      2. 「リアル」と「バーチャル」を融合させた高度なエネルギーシステムの構築
      3. 海外展開を通じた世界への貢献
      4. 「循環炭素社会」の実現
  2. 提言1:ゼロエミッション化の推進
    1. 2030年目標達成に向けて着実に解決すべき課題
      1. 再生可能エネルギーの大量導入
        1. 「非化石価値取引市場」の育成・活性化【2030年課題】
        2. 水力発電のポテンシャル拡大【2030年課題】
        3. 安定化対策の増強【2030年課題】
      2. 原子力政策の再構築
        1. 原発継続に対する国の明確な意思表明【2030年課題】
        2. 原子力事業の環境整備と人材育成の仕組みづくり【2030年課題】
        3. 核燃料サイクル政策の再構築と高レベル放射性廃棄物の最終処分地選定プロセスの加速【2030年課題】
      3. 高効率石炭火力による排出削減
        1. 国内外の石炭火力の高効率化とCO2の回収・貯蔵・再利用に関する研究開発の推進【2030年課題】
    2. 2050年以降を見据えて今から着手すべき課題
      1. 次世代原発等の研究開発の推進【2050年課題】
      2. 「ムーンショット」への挑戦【2050年課題】
  3. 提言2:ライフサイクル全体を通じた排出削減の基盤整備
    1. TCFD自主開示の促進とカーボンフットプリントの活用【2030年課題】
    2. カーボンフットプリントの世界標準化にむけた整備【2030年課題】
    3. 「環境消費税(CCT)」の可能性の検討【2030年課題】